心の傷・・・・。

私たちのように、医療過誤に遭い、真実をしりたくて病院側に説明を求めても、納得のいく説明を得られなくて(私たちの場合は、「原因がわからない」で通そうという姿勢がみられて、原因を究明しようという姿勢がまったくなくみられなかった)このままでは、同じような思いをする人がまたこの病院では起こる、と本気で思いました。

「何があったのか真実をしりたい」、「再発を防止したい」、また真実がわかった上で、「謝罪をいただきたい」という思いで、提訴をすることになった。2000年10月17日のことです。
提訴にあたり、密着取材もあって、今までの出来事~提訴にいたるまでがTVに流れました。

今では、医療過誤裁判の元原告になりましたが、医療で、子供を失うという天国から地獄に落ちるような経験をし、非常につらく、悔しく、悲しい思いで心に深い傷を負ったのですが、それだけではなく、医療過誤裁判でも二度、三度と心に大きな傷をつくることになってしまいました。

ある程度は覚悟していたものの、こんなに子供のことを非難されたり、母に責任があるように言われたりするとは・・・。裁判は、一般に公開されている、としながら、ほとんど公開されていないに等しいから、そういうことができるのか・・・と本当に悩んだ時期もありました。また、代理人の件についても、悩んだときもありました。

裁判の日は、本当にズタズタボロボロになって、帰宅しても何もできなかったので外食・・・。その度に、へぐ☆巛には「大丈夫やから。絶対に勝とう」と励まされ、交代いただいた代理人の先生には「大丈夫ですよ~。相手が言ってる事めちゃくちゃですから。私が100%覆しますから。」と支えてくださり。

本人尋問では、遠くからもたくさんの方々が傍聴にきてくださって(ミーちゃんが川崎病で緊急入院した日)本当にたくさんの方々に支えていただいた。

判決の日、これもまた遠くからもたくさんの方々が来てくださって、「勝訴」判決がくだったとき、傍聴席からも安堵のためいきが漏れたり・・・。

私たちは、毎回代理人と一緒に原告席について裁判にいどんでいました。その席でも「やったね」という空気が流れていました。

退廷後、みんなと握手やハグで、勝訴を分かち合いました。ただ、代理人の先生とは、これから控訴審があると思うから、ということで、控訴審が終わってから「握手」を、ということで握手しなかったけど、あれ??控訴されなくて・・・。やっぱり握手しておけばよかった(爆)

こういって振り返ると、本当にいろんな沢山の方々に支えられてきたんだな、と改めて感じました。裁判でも心の傷がさらに深くなったものの、沢山の方々の支援(温かいお言葉もたくさんいただきました。同じ経験者だからこその心のこもったお言葉です)のおかげで救ってもらったこともたくさんあります。

おかげで強くなりましたわ。「戦う女」が更にパワーアップしたかもね(爆)

「感謝」という言葉、本当に皆さんから体で教えていただきました。本当に支えていただきました。今でも心から皆様に感謝しています。

私は、医療過誤裁判元原告としてだけではなく、医療被害者として、同様に悲しく、つらい経験をされた方の心に寄り添えたら・・・とそう思っています。

by かったん
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by rumina2004 | 2010-02-10 07:17 | 日記
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へぐ☆巛、かったん、ルーちゃん、ミーちゃん、あーちゃんの5人家族です。たわいのない生活から陣痛促進剤問題を含めた医療問題も市民の観点から記載した日記です。


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